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2016.11.09〜 「マイケル追悼ステージで踊るようになるまで」

杏子と政哉の Spice of Life GOLD
2016.11.09〜 「マイケル追悼ステージで踊るようになるまで」
1985年、愛知県生まれ。 19歳から東京でダンスを習い始め、21歳で大学を中退し渡米! マドンナのワールドツアーに合格して以来、 人気アーティストの元で踊り、世界で活躍しています。「2008年に、オーディションに合格してすぐツアーが始まって、2年世界回りましたね。 あれだけ世界を回るのは初めての経験で、面白かったですね。」 マドンナとの契約が残りながらも、憧れだった マイケル・ジャクソンの”This Is It”のオーディションにも合格されます。「マドンナは、マイケルがいなかったら、今のようにはなってなかったし。 マイケルは、エンタメ業界を変えてしまった人なので。 ダンサーとして、彼と同じステージに立つことが1番優先だったから、 オーディションに行かないってのは、無いですよね」合格した後、挨拶をした程度ではあるものの、マイケルと対面できたそう。 「立ち話にもなってない、握手して2言ぐらいだったんですけど、 本当は抱きつきたくて、ずっと一緒にいたかったんですよ。 でも、クレイジーなヤツがってなって外されたら困るので、すごく押さえました(笑)」ロンドンで行われた、マドンナのマイケル追悼ステージで、 一躍世界的に有名になったケントさん。 「マイケルファンの西寺郷太さんが、あれは日本人だよって メディアで言ってくれたから、知ってもらえたんですよ。」マイケルが亡くなり、マドンナも意気消沈。 翌日のリハーサルは、全員心ここに在らず、うまく行かなかったそう。 「その次の日を、マドンナを1日オフにして。理由は、マイケルが亡くなったから。 おやすみだけど、ロンドンの彼女の家に集まって、 気持ちを整理しようって会があったんです。 ダンスフロアでDJがマイケルを流していたので、僕は踊っていて。 それを彼女が見ていて、その会の翌日呼び出されて、踊ってって言われたんです。」 マドンナ自身も、契約が残っていながらマイケルのところへ行く ケントさんを呼び止めていたことを気にしていたようでもあった、とのこと。M1. Down Town Christmas (Reprise) / 杏子 with 秦 基博 & さかいゆう M2. Candy Shop Medley (Live) / MADONNA M3. Wanna Be Startin' Somethin' / Michael Jackson

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