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房総の小江戸、千葉県大多喜町で江戸の面影にふれる旅

KIKI-TABI ~2 Thousand Miles~
房総の小江戸、千葉県大多喜町で江戸の面影にふれる旅
とにもかくにもYAJIKITAは歴史物が好きである。 歴史…それはもはや実在の語り部がいなくなった、想像のロマン。 YAJIKITAにだって少しくらいは浪漫を感じる心はある。 (このロマンを漢字の「浪漫」にすると、途端に雰囲気が変わるね。スナック「浪漫」みたいな。) 俺達は(おっ、急に口調が「俺」になった)、 だから時たま浪漫を求めに無性に歴史の旅に出たくなるのサ! 今回の旅は前回同様、千葉県房総半島。 房総半島だからといって、沿岸だけが全てぢゃない。 九十九里?木更津?ノンノン。今回の旅の舞台は大多喜町(おおたきまち)であります。大多喜町は房総半島のほぼ中央に位置する、人口およそ1万人の城と渓谷の町。 実は千葉県の町村で最も広大な面積を有し、 森林が総面積の約70%を占める緑に包まれた町でもある。(町公式HP参照) 実際に駅に降り立ってみると、周りに山が多い事にも気付かされるのだ。 かつてこの町は一人の偉大な武将の城下町でもあった。その武将とは、徳川四天王の一人本多忠勝。 彼にまつわる伝説は数知れず…、例えば1万の敵に向かって無傷で戻ったとか、 初陣以来57回の出陣で1度も傷を負わなかったとか。これ、本当ならルフィ並です。そうですね、敢えて名付けるなら「麦わらの本多」(怒られるわ)。 あ、でもそんなのどこにでもいるオッサンみたいだから、「麦わらの忠勝」の方が良いのかな(そういう問題ではない)。 まぁ、何にせよ凄い武将だった事は間違いないわけです。 家康も彼を相当信用していて、この地に配置したのは理由があってだという。 何故ならここは安房の国、里見氏との国境。 敵との境に譜代の臣を置く事で、侵略という不安を取り除きたかったのだ。 豪傑で知られた忠勝は大多喜の町をしっかりと治めていった。 しかもただ治めるだけでは無く、城下町を経済的にも発展させたのだ。 今回の旅は「房総の小江戸」と呼ばれる大多喜町をゆっくり回る旅。まずは旅の無事を祈願し、町の中心部にある夷隅神社でお参り。旅の日記はこちらから旅の動画はこちらから

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