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山手線命名100周年 東京一周ぶらり旅 浜松町~田町編 ~『久々のロケに行ったら、都内でした!』の巻②~
KIKI-TABI ~2 Thousand Miles~
東京の空の玄関は羽田空港。
そして、陸の玄関はそう…浜松町…。
あっ、コレは僕が地方出身者だから思う事ですよ!
大学生の頃、北海道から帰ってきて羽田空港から【まず乗る乗り物】と言えば、モノレールでした。
田舎の景色に慣れた僕には、やけに都会的な乗り物に見えて、
それに揺られながら眺める東京の風景は【都会】を連想させる物でもあり、
それと同時に【寂しさ】を連想させる物でもありました。徐々にネオンが大きくなっていって、
ゆっくりと都会の空気感が身体に纏わりつく頃には終点:浜松町に到着。
東京の雑音が、寂しさを紛らわせてくれたっけ。と、毎度の事ながら突然の様に始まった井門宗之の旅日記。
全国に、このダラダラと長い井門の旅日記をちゃんと読んでくれているリスナーさんは、
一体どの位いらっしゃるんでしょうか??
『読んでるよ!』と言う稀有な方は是非わたくしのBlog【雨が降ったら濡れりゃいい】までご一報を(笑)さて、今回のYAJIKITAはぶらり旅の第2弾!!
前回の終着:浜松町駅前が今回の出発なのでございます。オセンチになっている暇は無いのです!
浜松町は浜松出身の名主がいたから、浜松町とその名がつきました。
結構安易な気もしますが、そこは江戸時代のお話。
今じゃ大都会の浜松町も、その昔は目の前に江戸湾、周りには何も無い、ただの広い土地だったわけです。
目の前が海ってのは今の時代も変わっていないのですがそれを象徴するかの様に、
こちらJR浜松町駅の住所が『海岸1丁目』ってんですから、
「名前に残る」と書いて「名残」とはよく言ったものです。今回のYAJIKITA ON THE ROADの旅も前回同様、男4人の気ままな旅!
D:横山氏、構成作家:久保氏、カメラマン:慶吾氏、そして旅人:井門!
この4人がカメラや録音機材を回しながら、皆で色んな事をあーだこーだ言いながらのぶらり旅です。
この旅の形式も第二弾ともなると、少しは慣れてきてまとまりも出てくるかな? と思ったら、
ホラ、皆こういう業界の人達でしょ? 基本は出たがり気質なんです、みんなして。
だから結果からお伝えしますけど、『まとまり』ってよりも『主張』が出始めて面白かった(笑)
相変わらず慶吾氏は「腹減った~!」とゴネるし、久保氏や横山氏のうんちくには唸る物があったし。
その辺りは本編でも楽しんでくれた方が多かったのではないでしょうか?では今回も命名100周年を迎えた山手線を、ひと駅ずつ『ぶらり』しながら、
この大都会東京の新たな魅力を再発見していきましょう!!…と、我々YAJIKITA一行はこうして勇んで浜松町を出発したわけでございます。
もはや徒歩での旅を大いに楽しんでいる節のある僕なんかは、
「よ~しっ、まず歩きながら今回の意気込みなんかを語ろうか!」と鼻息も荒くしていたました。その矢先。久保「はい、着きましたよ~。」近っ!!なんですか、こんな駅の近くにまさか取材出来る場所なんてないでしょう?
だって『ぶらりの旅』って言ってるのに、まだ歩いて100mも行って無いですよ?
これぢゃあ、『ぶらりの旅』って言うより『ぶの旅』ですよ、『ぶ』。
ホラホラ近過ぎて、さっきOPのコメント収録した場所、ここから丸見えじゃないの…。久保「はい、ここが都内に残る歴史ある庭園、【旧芝離宮恩賜庭園】です。」無視っ!!(完全に進行役を乗っ取ろうとしてるぜ、久保氏。
これでショボショボのロケ地だったら、後で仕返ししてやるんだ。)*井門妄想中
などと器の小っちゃな事を考えていたら、
この庭園は僕の考えなど遥かに及ばない規模で、僕らを出迎えてくれました。『旧芝離宮恩賜庭園』こちらの庭園の説明をHPから引用すると次の通りだ。
『小石川後楽園と共に、今も東京に残る江戸初期の大名庭園の一つです。回遊式泉水庭園の特徴をよくあらわした庭園で、池を中心とした庭園の区画や石の配置は非常に優れています。明暦(1655~1658年)の頃に海面を埋めたてた土地を、延宝6年(1678年)に老中・大久保忠朝が4代将軍家綱から拝領しました。忠朝は屋敷を建てるにあたり、藩地の小田原から庭師を呼び庭園を造ったと言われています。庭園は「楽壽園」と呼ばれていました。庭園は幾人かの所有者を経たのち、幕末期は紀州徳川家の芝御屋敷となりました。離宮は大正12年の関東大震災の際に建物や樹木に大変な被害を受けました。翌年の大正13年1月には、皇太子(昭和天皇)のご成婚記念として東京都に下賜され、園地の復旧と整備を施し、同年4月に一般公開しました。昭和54年6月には文化財保護法による国の『名勝』に指定されました。』旅の日記はこちらから