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ディレクターバブリアン作 短編小説 「 ガラスのくつを履く日 」
【終了番組】SCHOOL NINE MONDAY
「 ガラスのくつを履く日 」
鈴木友子
しっとりとした空気、静けさの森の中。
静かな音を立てて思っていた通りのメルヘンなかぼちゃの馬車が迎えにきた。
ヨーロピアンなデザインの大きな車輪が、回転のスピードをゆるめ音もなく止まる。
ツンとした顔の、モーニングを着たウサギの執事が、
自分の顔と同じ位の大きさの蝶ネクタイを、邪魔そうに整えながら、馬車の扉を開けた。
ウサギの執事が扉につかまって、フワフワの丸いシッポがついた丸いお尻を
フリフリしながらよじ登り、座席からキラっと光る何かを取り出した。
ツンとした顔のまま、その光るものを、琴音(コトネ)の鼻先に突き出してきた。
思わず手に取る琴音。
琴音の手の平にズシっと乗ったのは、美しい透明のガラスの靴だった。
透明のガラスの靴には森の木々の緑が映りこんでいる。
“このガラスの靴を履け”…と仕草で示すウサギの執事。
手の平に乗ったままのガラスの靴を、不信感丸出しで見つめる琴音に、体の大きさに見合った小さな声で言葉をかける。
「 変わりたいから私を呼んだんでしょ? ならお履きなさいよ。 」
命令口調に押され、琴音は言われるままそっとガラスの靴を地面に置き、色気ゼロの
5本指ソックスを履いたつま先をキュッと伸ばし、恐る恐るガラスの靴に入れる。
その瞬間…計算されキレいに崩れ落ちる爆破解体のビルのように、パリンとだけ音を立て、ガラスの靴が崩れ消えた。
ウサギの執事の眉間にみるみるシワがよって、「NO」…と言わんばかりに顔を横にふる。
「 変わりたい気持ちが、中途半端だったのよ。残念ね。」
「 残念ね・・・。」
・・・その言葉にドキっとして、パっと、目が開いた。
同時に、始まったばかりの太陽のやわらかい光も飛び込んできた。
ラジオからは、朝担当のいつものDJが今日の天気を伝えている。“ 夢だったんだ…。”琴音は、朝の光が差し込む鏡に向かう。
ササッと顔を洗い、いつものように超簡単メイク。寝癖だけはチェックし、鏡に映る自分に引きつった笑顔を送り、ペタンコのパンプスを履き、家をでた。
人とぶつかりながらホームに急ぐ。目標の電車は満員で、いつものように押し出され、次の電車。
会社に着くと、デスクの上に山積みになった書類が琴音を迎えた。
“この書類のコピー、10部お願いしていい?″ と言ってきたことしかないミワが笑顔で声をかけてきた。
「ねえ、森下さん、今日合コンがあるんだけど、人数足りないから来ない?3対3!」
「あ…きょ…今日はちょっと都合が悪いです。」
琴音はミワの目もまっすぐ見られず、考えたフリすらせず、即座に断る。
「あ・・・そう。わかった。」
琴音は “わかっちゃいたけどやっぱり断ってきた” 的なイライラした笑みで、すぐ琴音から目をそらした。
いつもなら大丈夫なのに・・・、こんなのいつものことだったのに・・・、なぜか目の奥がジンワリする琴音。
なぜ? 自分でもわからない。 今日が自分が生まれて28年目の日だから?
綺麗なメイクをし、キラキラとした笑顔を振りまき、同僚の男の子と言葉を交わす、会社の女の子たち。
今日の琴音には、なぜかいつものこの光景がまぶしく感じて、心がキュっときしんだ。
かわいくない、人に向ける笑顔もない自分に腹がたった。 “自分は、ずっと一人ぼっち?”
殺風景な自分のデスクに視線を落とす。
さっき、新宿の駅でもらったチラシが目に入った。
『 イタリアン・アマルフィのハロウィン! 仮装して来て頂いたお客様に
ファーストドリンクサービス! かぼちゃの特別メニューもご用意! 』
“ハロウィン…仮装…カボチャ…か。なんかカボチャ食べたいな…。このお店なら会社からは離れてるし、同僚に会う心配もない…。 仮装でワンドリンクサービスか…。″
27歳までの “本当は好きじゃない自分”を、ちょっとでも変えることが出来るかも。
琴音は小さく生まれた「自分を変えよう」…という勇気の火を大事にしたかった。時計の針が5時を指すと同時に、会社を飛び出し、家に滑り込む。
クローゼットの奥から、大学の文化祭の時、ジャンケンに負けやらされたシンデレラ役の衣装を引っ張り出した。 “仮装の服なんて…これくらいしかないもん。”
鏡の前に座る。 もらっては溜めてあった化粧品のサンプルを鏡の前に並べた。イタリアン・アマルフィのブラッドオレンジの色をした木製の扉の前に立って、深くひと呼吸。
扉に手をかけようとした時、誰かの手が後ろから伸びてきて、扉の取っ手をつかむ。
「 シンデレラさま、私がお開けしましょうか? 」という笑顔交じりの男の声。
反射的に振り返る琴音。真後ろに立っていたのは、会社の同僚、同じフロアの上村だった。もちろん話したなんて一度もない。上村は仮装でモーニングを着て立っていた。
声にならないほどの恥ずかしさが込み上げ、 “急げ急げ!” とばかりに体中の血液が琴音の顔へと上りつめていった。 “ 私…何してるんだろう? ”
琴音は扉に向き直り、扉のガラスから店の中の賑やかな様子を目に写してみた。
店の中では、カボチャの装飾、オレンジの光の中、太ったマイケル・ジャクソンや、やりすぎメイクの魔女や、怖くないゾンビや、色っぽいピエロが、笑顔で冷えた生ビールやワインをグラスに注ぎ乾杯し合っている。
「 ハッピー・ハロウィン♪ 」笑顔交じりの声と、イタリア料理が放つオリーブオイルのいい香りが扉の隙間から漏れてきた。
琴音は、寒い日にやわらかい毛布をフワリとかけられたような暖かい気持ちに包まれた。
“ウサギの執事” のあの言葉が耳の奥でゆっくりと響いた。
『 変わりたい気持ちが、中途半端だったのよ。残念ね…。』
…琴音はシンデレラの衣装のすそを両手で持ちゆっくり振り返り、上村の目をまっすぐ見あげて言った。「扉…開けてもらっていいですか?」
上村はちょっと照れた顔でほほ笑み扉を開けた。
店に入ると、さっきのゾンビとマイケル・ジャクソンが、シンデレラを見つけハッピーハロウィンの乾杯を求めて近づいてきた。琴音は笑顔でその乾杯を迎え入れる。
シンデレラの衣装に似合うかわいい笑顔で。
琴音にはちゃんと見えていた。
店の窓の外、白いふわふわした丸いしっぽを付けたお尻をフリフリしながらカボチャの馬車に乗りこんだウサギの執事が、ほんの一瞬だけ笑顔を見せ、またツンとした顔に戻って、去っていくのが。
“ 今日、私、ガラスのくつ……履けたよ。”