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Riding With The Blues vol.7 2025/2/15-16 OA
2025年、今年はキング・オブ・ブルース、B.B.キングが生誕100年
4月には日本武道館公演100回を越えるエリック・クラプトンが来日公演を行います。
再び注目を集めるアメリカン・ルーツ・ミュージック、
ブルースにスポットを当てる「Riding with The Blues」
この番組は、エリック・クラプトンをメンターとして、彼が取り上げたブルース・ナンバーを通じて、
アメリカのルーツ・ミュージック、ブルースを紹介していくプログラムです。
お相手はミノルクリス滝沢です。
1曲目にお送りしたのは、ポップ路線に舵をきったザ・ヤードバーズを脱退したエリック・クラプトンが、
数ヶ月籍をおいたバンド、ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ。
1966年のアルバム「ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ・ウィズ・エリック・クラプトン」に収録された
インストゥルメンタル・ナンバー「ステッピン・アウト」でした。
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この曲のオリジネーターは、ピアニストでシンガーのメンフィス・スリム。
彼は、1915年テネシー州メンフィスでジョン・チャットマンとして生まれました。
1939年にシカゴに移り住み、1940年には初レコーディング。
その後、メンフィス・スリムと名乗るようになります。
第二次世界大戦後、メンフィス・スリムは、サキソフォン、ピアノ、ベース、そしてドラムスという編成のバンド、
ハウス・オブ・ロッカーズを組みます。
このバンドとレコーディングした曲「メッシン・アラウンド」が1948年、
アメリカのリズム&ブルース・チャートでナンバー1を獲得します。
1950年代には、財政的なトラブルもあり、思うように活動ができない時期もありましたが、
1960年代には、シンガーでソングライターでもあるウィリー・ディクソンとヨーロッパ・ツアーを行いました。
そして、1962年にメンフィス・スリムは、アメリカを離れ、フランス、パリに永住します。
パリでも音楽活動を続けましたが、1988年、パリで72歳の生涯を閉じました。
それでは、ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ・ウィズ・エリック・クラプトンがとりあげた
メンフィス・スリムのオリジナル・ヴァージョンを聞きましょう。
1959年のアルバム「メンフィス・スリム・アット・ザ・ゲイト・オブ・ホーン」からのシングル
「ステッピン・アウト」。
さらにもう1曲、メンフィス・スリム、1949年の作品「ノーバディ・ラヴズ・ミー」
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この「ノーバディ・ラヴズ・ミー」は、1930年代にセント・ルイスで活躍したピアニスト、パイン・トップ・スパークスが
1935年に発表した曲で、そのタイトルは「エヴリデイ・アイ・ハヴ・ザ・ブルース」でした。
この曲をメンフィス・スリムは、歌詞を手直しし、ファルセット(裏声ですね)だったヴォーカルを普通にして
タイトルを改めてレコーディング。
シングル「エンジェル・チャイルド」のB面にこの曲を収めました。
メンフィス・スリムのリメイクによって、この曲は注目を集め、ローウェル・ファルソンが翌年の1950年に
メンフィス・スリムのアレンジながらオリジナルのタイトル「エヴリデイ・アイ・ハヴ・ア・ブルース」として発表し、
ロング・セラーなりました。
1955年にはB. B. キングがこの曲をとりあげ、人気の曲になって、
これまでに500組ものミュージシャンが、この曲をとりあげています。
さあ、今回はメンフィス・スリムにフォーカスを当てた「RIDING WITH THE BLUES」
ラスト・ナンバーは、メンフィス・スリム&ヒズ・ハウス・ロッカーズとして発表した1941年のヒット
「メッシン・アラウンド」
この曲を聞きながらお別れです。
お相手は、ミノルクリス滝沢でした。
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