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PROGRAM NO.2013-024  6/13~6/17

「坂崎さんの番組」という番組
PROGRAM NO.2013-024  6/13~6/17

『坂番洋楽データファイル 』第74回

←リクエストがあったギターを弾く背中!です。やっとジョンにたどり着きました。 改めて聞いてもジョンのソロは 最初の頃はヨーコさんの影響がでかいっスねえ。 あとは、ちょいと暗めの曲が多かったですね。 ダブルファンタジーは、やっぱり名曲が多いわ。 40才かぁ。若かったんだなぁ。としみじみ...。『坂番洋楽データファイル (略してSYDF)』 第74回 今回の「シ」で始まるアーティスト特集は【ジョン・レノン特集】『ジョン・レノン(John Lennon)』 *ビートルズ時代の話や楽曲は「ヒ」の付くアーティスト 『ビートルズ大特集』の時にご紹介します。 ★1940年10月9日、イギリス・リヴァプール生まれ。 1980年12月8日、マーク・チャップマンに撃たれ、 40歳という若さで亡くなっています。前衛芸術家の小野洋子と2度目の結婚をしたジョン・レノン。 その小野洋子と『トゥー・ヴァージンズ』 『ライフ・ウィズ・ザ・ライオンズ』『ウェディング・アルバム』という 3枚の実験的なアルバムを発表。 しかし、本格的なソロ活動はビートルズ時代の1968年からスタート。 最初の作品が、プラスティック・オノ・バンド名義の「平和を我らに」 でした。 このあと、「コールド・ターキー」「インスタント・カーマ」を発表。 1970年4月10日、ポールがグループからの脱退宣言 (事実上のビートルズ解散)。 その年の末にジョンは実質的な1stソロアルバム 『ジョンの魂(John Lennon/Plastic Ono Band)』を リリースしています。 ♪マザー(Mother) *1970年、全米チャートでは43位止まり。 本国イギリスではシングルカットされませんでした。 プロデュースはフィル・スペクター、ドラムはリンゴ・スター、 ベースはクラウス・フォアマン★1971年6月、アルバム『イマジン』のレコーディングを開始した ジョン・レノン。 参加ミュージシャンはジョージ・ハリスンをはじめ、アラン・ホワイト、 ジム・ケルトナー、ニッキー・ホプキンスなどで、秋に発表されると、 アメリカ、イギリス、日本などでナンバーワンに輝いています。 ♪イマジン(Imagine) *1971年、全米シングルチャート3位を記録。★この「イマジン」のリリースを前に、活動拠点をニューヨークに移した ジョン・レノンは、翌1972年に政治色の強いアルバム 『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』を発表。 続いて、1973年にはアルバム『マインド・ゲームス』をリリース。 ♪マインド・ゲームス(Mind Games) *1973年、全米シングルチャート18位。★高評価の『イマジン』以降、やや低迷を続けていましたが 1974年には起死回生ともいうべきアルバム 『心の壁、愛の橋(Walls and Bridges) 』を発表。 『イマジン』に続き、ソロとしては2作目となる全米No.1アルバムに。 ♪真夜中を突っ走れ(Whatever Gets You Thru the Night) *1974年、ソロとしての初の全米1位を記録。 この曲にはエルトン・ジョンがゲスト参加。★アルバム『心の壁、愛の橋』に続き、翌1975年には フィル・スペクターをプロデューサーに迎え、カバーアルバム 『ロックンロール(Rock 'n' Roll) 』を発表。 ここからシングルカットされたのがベン・E・キングの カバー曲でした。 ♪スタンド・バイ・ミー(Stand By Me) *1975年、全米20位まで上昇。★1975年10月9日、ジョンとヨーコの子供、ショーン・レノン誕生。 これをきっかけにジョンはショーンの育児に専念するため、 一切の音楽活動を休止。ほぼ5年間、主夫(ハウスハズバンド)に 没頭していましたが、再び音楽活動を再開。 その復帰第1弾となったアルバムが 『ダブル・ファンタジー(Double Fantasy)』。 このアルバム発表に先駆けリリースされたのが、この曲。 ♪スターティング・オーヴァー(Starting Over) /ジョン・レノン *1980年12月27日付の全米チャートでナンバーワン。 *アルバムプロモーション中に凶弾に倒れたジョンは、 このシングル・アルバムのヒットを見ずに亡くなって しまいました。★この曲を含むアルバム『ダブル・ファンタジー』は全米・全英ともに 1位を獲得。 翌年のグラミー賞で「最優秀アルバム賞」にも輝いています。 ♪ウーマン(Woman) *1981年全米2位を記録。







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