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PROGRAM NO.0047 11/19~11/25
「坂崎さんの番組」という番組

『坂番洋楽データファイル』 第111回
知らないアーティストが多かったですが、 デル・シャノンの曲は好きだったなぁ。 特に「I Go To Pieces」は ピーター&ゴードンで良く聞いていたなあ。 クラプトンの「いとしのレイラ」は もう今やロックのスタンダードナンバーですね。 イントロベスト3に入るくらいの超有名リフですな。『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』第111回 今回も「テ」で始まるアーティスト特集『テリー・ジャックス(Terry Jacks)』★1944年3月29日、カナダ生まれ(71歳) 彼が有名になったのは「そよ風のバラード」のヒットがキッカケ。 この曲は元々、フランスのアーティスト「ジャック・ブレル」が、1961年に発表した 「ル・モリボン(Le Moribind)」というシャンソンの曲を アメリカの有名な詩人・アーティストの「ロッド・マッケン」が英語で意訳。 最初は「キングストン・トリオ」のボブ・シェーンがレコーディング。 その後、1970年に「ビーチ・ボーイズ」が録音したもののお蔵入りに。 その時のプロデューサーが、この「テリー・ジャックス」! ビーチ・ボーイズが発売しないなら俺が歌って出しちゃうもんね」と録音し発売したのが1973年。 すると翌1974年、本国カナダはもとより、アメリカでも3週連続の1位という大ヒットになったのでした。♪そよ風のバラード(Seasons In The Sun)*1974年、全米年間チャートでも2位という大ヒット。全世界で売上枚数1150万枚を突破。『テリー・デサリオ(Teri DeSario)』★1951年11月27日、フロリダ州マイアミ生まれの女性シンガーソングライター。 1978年マイアミのクラブで歌ってたところ「ビー・ジーズ」のバリー・ギブに見出され、 バリーの作った曲&プロデュースでデビュー。 その翌年、高校の同級生だった「KC&ザ・サンシャインバンド」のリーダー、 KCとデュエットした曲「イエス・アイム・レディ」が全米シングルチャート2位を記録する大ヒット! その後、日本では↓この曲が大ヒットしました。♪オーバーナイト・サクセス(Overnight Success)*1984年、オリコン洋楽チャート1位。洋楽シングルとしては売上28万枚と大ヒット『デル・ヴァイキングス(The Dell-Vikings)』★1955年、ペンシルベニア州ピッツバーグに配属された アメリカ空軍の隊員5人で結成されたドゥーワップグループ。 1956年、基地のコンテストで見事優勝。 ユニークなキャリアも注目され、国際的なコンテストにも参加。 1956年、ローカルなレコード会社からデビュー。 そして翌1957年、大手のレコード会社から再デビュー。 その年の春~初夏にかけて全米シングルチャートHot100に31週間チャートイン。♪カム・ゴー・ウィズ・ミー(Come Go With Me)*1957年、全米シングルチャート最高4位を記録『デル・シャノン(Del Shannon)』★1934年12月30日、ミシガン州クーパーズヴィル生まれのシンガーソングライター。 (1990年2月8日に自殺。享年55歳) 14歳の時にギターを手にし高校時代にバンドを結成。 軍隊に入隊後もバンドを作ってレコードをリリースするも全くの不発。 しかし1961年に発表したシングルは、大ヒットとなりました。♪悲しき街角(Runaway)*1961年、全米1位獲得。★ちなみに、ソングライターとしてはピーター&ゴードンの 「I Go To Pieces」などのヒットを提供しています。『デルフォニックス(The Delfonics)』★1965年、ウィリアムとウィルバートによるハート兄弟を中心に、 フィラデルフィアの高校で出会った仲間で結成したソウルグループ。 1960年代終わりから1970年代はじめにかけて数々のヒットを放っています。♪ララは愛の言葉(La-La-Means I Love You)*メジャーレーベルからの最初のシングル *1968年、全米4位まで上昇。 *その後、この曲はアレサ・フランクリン/ジャクソン5/ ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック/トッド・ラングレン/プリンス/ スウィング・アウト・シスター/ マンハッタン・トランスファーなど 多くのアーティストたちがカバー。『テルマ・ヒューストン(Thelma Houston)』★1946年5月7日、ミシシッピ州リランド生まれのソウルシンガー。 若い頃からゴスペルグループで活動。 当時大人気だった「フィフス・ディメンション」のマネージャーにスカウトされプロデビュー。 しかしヒットは出ずレコード会社も移籍。 デビューして7年、1976年3rdアルバムからの最初のシングルカット曲が 当時のディスコブームもあって大ヒットしました。♪ジス・ウェイ(Don't Leave Me This Way)*1977年に全米1位を獲得『デレク&ザ・ドミノス(Derek & The Dominos)』★1970年、エリック・クラプトンがスーパーバンド「ブラインド・フェイス」解散後に結成したグループ。 アメリカ南部のロックに影響を受けたこのグループは、 「デラニー&ボニー&フレンズ」からキーボード&ベース&ドラムスを引き抜いた4人組。♪いとしのレイラ(Layla)*スライドギターの名手であった、オールマン・ブラザーズ・ バンドのデュアン・オールマンをゲストに迎えた曲 *1972年、全米10位まで上昇(この曲はバンド解散後にヒットしています)★1971年、この曲が大ヒットする前年。2枚目のアルバムのレコーディング中、 メンバー間の不和が元で制作は中止。バンドも解散しています。次回 「坂崎さんの番組」という番組 ゲストに、やなわらばーのお二人
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