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取材の日々を振り返って

おもてなし茶圓のニッポンチャチャチャ
取材の日々を振り返って
おもてなし茶圓です。
記事更新が遅れてしまい大変失礼致しました。。。

東京五輪が終わり、数日が経ちました。

感傷的になりやすい自分の性格上、大会後は「東京五輪ロス」ともいうべき喪失感が我が身を焦がすのだろうと覚悟しておりました。

ところが閉会式が終わったその日から何日か経過した現在でも、「終わってしまった」という寂寥感より、「終わった~!」とホッとする気持ちの方が強めに湧いてきています。意外とロスにならなかった自分に肩透かしを食らった気分です。東京五輪ロスロスです(?)。

(7年後絶対「ロス五輪ロス」というギャグを言う人が出てくるに違いない。ここに予言しておきます)


大会も終わったことですし、取材の日々で感じていたことを赤裸々に本音で振り返ってみます。

(長文になります・・・)


私が最初に取材に訪れたのが福島あづま球場でのソフトボール初戦(vs豪州)でした。
新型コロナウイルス感染が拡大する中、東京オリンピックを開催する意義に対し疑問の声が多く聞かれる中で始まった東京五輪。大会前の機運の高まりももはや皆無に等しく、その頃はまだ「東京オリンピックが始まった」という感覚をほとんどの方が感じていらっしゃらなかったのではないでしょうか。


正直な話、その実感はスタジアムにいた私の中にすら湧いていませんでした。


訪れた福島県営あづま球場は「本当にここでオリンピックが開かれているの?」と目を疑うほど人が少なく、その上、妙な静けさと緊張感が漂っていたように感じました。
無観客なので当然と言えば当然なのですが、世界最大のスポーツの祭典が行われているとはにわかに信じがたい、奇妙な雰囲気でした。

どこかの局でキャスターを務めているのであろうレジェンド級の元プロ野球選手が、緊張した面持ちでマイクを手に持ってスタンバイしている姿が象徴的に脳裏に焼き付いています。

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五輪の最初のゲームが行われたあづま球場の近辺。誰もいません。かナナメっててごめんなさい。
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ソフトボール初戦に関して言うと、試合が始まってからも、選手たちの声、セミの大合唱、そして時折スタジアムDJの声がこだまするばかりで、私は取材をしながら「テレビやラジオの向こう側にはどう伝わっているのだろう?」「今日の上野投手の好投は伝わっているのだろうか?」「そもそも世の中は東京オリンピックにどれくらい興味を持っているのだろうか?」となんてことばかり考えてしまいました。
(そんなことをぼーっと考えていたら試合は日本のコールド勝ちで突然終わり、慌てて取材エリアに向かうハメになるのですが。汗)



福島で感じた「本当に五輪やってるの?」という奇異な違和感は後味として心の中に残り続け、それから数日間「五輪に対する世の中の熱」がわからず悶々とする日々が続きます。

というのも、日付が変わってからホテルに戻り、日の出と同時にホテルを出発する日々を送っていた私はテレビもゆっくり見られず、オリンピックに対する世間の熱をテレビを通じて知ることが出来ませんでした。

さらに、行く先々の会場周辺には平日だったためか人もほとんどおらず、普段と全く変わらない日常が流れているようにみえました。

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左:飛田給駅から東京スタジアムへの道 
右上:辰巳アクアティクスセンター周辺 
右下:大井ホッケー競技場周辺
(いずれも日本代表戦が行われる日の様子です)
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ということもあって、日本に居ながらにして、日毎「世間の皆さんはオリンピックでどれくらい盛り上がっているのかな?」と不安な気持ちを募らせながら日々を過ごしていました


その一方で、取材会場では各競技の選手の繰り広げる熱戦に興奮している自分もいました。
勝利に歓喜に湧く様子、パフォーマンスを終えてホッとする顔、うまくいかず悔しそうな表情なども含め、選手たちが思う存分競技に集中して見せる姿は、コロナ禍で長らく枯渇していた自分の涙腺を刺激しまくり、私の瞳は絶えずウルウルしておりました。


つまり【世の中のオリンピックに対する熱】と【自分が感じた熱】との間にギャップがあるように感じていたんです。


そんなギャップを感じながら、生放送の出番は毎日やってきます。
世間の盛り上がりが分からない手前、「こんなパフォーマンスでこんな興奮がありました!盛り上がりましたー!」と正直に伝えていいのか?「こんなに感染が拡大しているんだもの。世間はそんなにオリンピックムードじゃないよ?」って言われないか?
内心ビビりながら、素人なりにその温度感を常に気にしながら番組に出演していました。

特に大会序盤の数日間は変に緊張しすぎて全然うまくいかず、悩みもがく日々が続きました。

いま振り返ってみると、その頃が一番精神的にも肉体的にもキツイ時期だったように思います。

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↑浦和美園駅から徒歩15分ほどのところにある埼玉スタジアム。
この日はサッカーU23日本代表の初戦の日でしたが、駅からスタジアムまでの間で人とすれちがうこともほとんどなく、住宅街でカエルの合唱だけが鳴り響いていました。
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ようやく【世間の熱】と【自分の感じた熱】が一致した感覚が芽生えたきっかけは、7月26日の卓球の伊藤美誠・水谷隼ペアの金メダル獲得でした。


このあたりから友人たちがTwitterで熱戦を見て盛り上がっていることに気付き、さらに普段スポーツ中継をほとんど見ないはずの友人から卓球混合ダブルスの優勝で興奮している様子のLINEが来ているのを見て、やっと「ああ、自分が感じている喜びを日本の多くの人たちも感じているのだな」という実感が湧きました。


そうして自分の感じる熱量と世間の盛り上がりの熱量が一致してきていると感じてから、リポーターとしての仕事がやりやすくなったように思います。


今回の五輪取材では「テレビでは伝えきれていないポイントを取材者として伝える」ことを意識していたのですが、最初の何日間かはベースとして「ていうか、そもそもみんな五輪見てる?」という疑問が自分の中にありました。
最初からそんな疑問なんて抱かず、自分なりの着眼点で伝え続ける自信と実力があれば、もっと良いリポートが出来たはずだったな…と途中で反省し、それ以降は気持ちを切り替えて臨んでいきました。

ちなみに先述した元プロ野球選手のキャスターを、後日野球の会場・横浜スタジアムで見かけました。福島ではあれほど緊張した様子でしたが、横浜では打って変わって非常にイキイキとお話をされていた姿も、また象徴的に覚えています。



それからの日々は本当にアッという間に過ぎていきました。

気付いたら折り返し地点を過ぎていて、更に気付いたらいつの間にか「閉会式まで残り●日」というカウントダウンが始まっており、そして気付いたら終わって数日経っている。
大げさでなく、本当にそんな感覚です。




さて、ここまで取材の日々をまじめに振り返ってきましたが、、、

実は今週は数日間おやすみを頂き、この会社に入ってからおそらく初めて、仕事のことを一切考えずに休暇を過ごしました。会社の先輩方、代打を務めて下さった方々には感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。

閉会式翌日の夕方に帰宅した私は、久しぶりの自宅のベッドでなんと14時間もノンストップで爆睡しました。
あと数ヶ月で30歳ですが、まだまだ若いと胸を張って生きていきます。
さらにその翌日、高校野球の日大山形-米子東の一戦を見終えた私は(頑張れ山形代表)行きつけの町中華でラーメン&ミニチャーハンを食べ、その足でスーパー銭湯に行き、大会期間中入りたくてたまらなかったサウナ&水風呂でととのいつつ、五輪取材の日々を振り返ってみました。



ぼーっとしたアタマの中を様々な感情が脳内を駆け巡りましたが、それらの想いは

「もっと準備しておけば良かったな」
「コロナなんて無ければ良かったな」
「なんだかんだで最高の日々だったな」


だいたいこの3つに集約されます。


特に「コロナなんて無ければ良かったな」という気持ちは今でも根強く心に残っています。
これはあくまで私の個人的な意見ですが、自国開催の意義を突き詰めて考えると「子どもたちに世界レベルの舞台の熱狂・世界レベルの選手のパフォーマンスを生で見せてあげられること」だと思っています。
それだけに、ウイルスのことなど気にせず、みんなで肩を並べて試合を観戦できたらどれだけ良かったか、取材しながら毎日夢想していました。

ただ、こればかりは本当に仕方がありません。
取材期間中、コロナで一年延期したことでパフォーマンスを発揮できなかった選手を何人の姿をこの目で何度か見ました。
その一方で、一年延期したことでメダルを獲得できた選手もいました。

私自身の話で言うと、この一年の延期がなければ無かったはずの人との出会いもありました。


コロナ禍での開催という点で印象的だったのが、インタビューしたどのアスリートたちも口をそろえて「大会が無事開催されたことに心から感謝したい」と話していたことです。また、ネットで海外選手のインタビューを見ても「大会を開催してくれた日本の皆さん、東京の皆さんに本当に感謝している」という趣旨の発言をよく目にします。
そんな想いをアスリートの皆さんが抱いているということを、皆様にもっと伝えられたら良かったなと今になって反省しています。



それでも、今回過ごした日々をきっと宝物のように眺めながら、自分はこの先の人生を生きていくのだろうと思います。そんな機会を与えて下さった全ての方々に感謝申し上げます。本当にありがとうございました。


そして、リスナーの皆さんからの励ましのツイート、いつもこっそり拝読していました。応援して下さった皆様、本当にありがとうございました。


では、、、



と、この文章を締めかけたところで、同僚のNから「ブログの記事の最初の「そこにおもてなしはあるんか?」の答えを書いた記事を出すべき」と、声を掛けられたことを思い出しました(笑)
めちゃくちゃ読んでますね。ちくしょー。


おもてなしはそこにあるのか?という、このブログの最初の問いかけですが…。

少なくとも私は今回の東京五輪スタッフの皆様のおもてなしは、世界に誇るべきものだったと思っています。閉会式でボランティア・スタッフの方々をねぎらう演出がありましたが、私は本心から拍手を送りましたし、少し退屈そうにしていた周りの海外メディアの方々もその演出の時は急に立ち上がって拍手をし、さらに指笛も鳴らしていました。

あと、あえてここに書かせて頂きますが、先ほど「静か」と書いた福島の球場、スタッフの方々の仕事っぷりは見事なものでした。早朝から交通整備に当たっていた警察官も、メディア対応に追われていたスタッフさんも、ひいては駅から球場までのタクシーの運転手さんも、東京から来た私たちを歓迎してくださっていました。朝から元気に活動されている皆様の姿が自分にとって救いになっていたことは紛れもない事実です。福島の皆様、本当にありがとうございました。

「おもてなし」は確かにありました。
スタッフの皆様、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。


では今度こそ、、、最後にシメと致しまして…、
今これ言ってるの私だけでしょうけど言わせて下さい。

お・も・て・な・し。


キマった。みなさん、"おもてなし締め"が決まりました。

ありがとうございました。いつかまた会う日まで。

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