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第342回 本並健治さん②

ブルボン presents Shining Star
第342回 本並健治さん②
本並さんは、1964年生まれ。大阪府出身。 幼少期を振り返ると、ガキ大将だったそうで...「背も高くて、スポーツも大好きでした。 サッカーは中2くらいで、僕らの時代は野球ですから! 少年野球チームが多くて、小学校1年から中3までずっとやってました。 うちの父親が、南海ホークス入ってたとか言うんですけど、 亡くなってしまって事実確認ができなくなりました(笑)」ポジションは、セカンドとショート以外! 身体も大きく4番も務めていたそう。 それでも野球に進まなかったのは、飽きてしまったからで...「野球は上下関係も厳しいし、先生も怖くて。 サッカーの方が自由奔放で。 友達に誘われてサッカーしたら、楽しかったんです。 中2の段階でつま先でポーンくらいしか蹴れなくて、 素人なので最初からキーパーです(笑) ちょっと変わってるんでしょうね? 蹴られたボールところに飛び込むんですからね。 見てると怖いですよね、でも失点する方が怖いです。 ポジションで性格ありますよね、キーパーは視野が広くなります。 うちの奥さんはね、本当に前しか見てない(笑)」高校では大阪代表に選ばれ、 大学に進学されてからも、華々しい成績を収められました。 それでも、プロが始まる1年前まで、 プロになろうという希望は全くなく! 松下電器産業で定年まで勤めあげよう、と思い 5年ほど会社員をされていました。「5年やって、ちょっと会社員合わないなと思って サッカーでなんとかなるかな?と。 家族はやってみれば、って感じでしたね。」本並さんは大阪ご出身で、阪神淡路大震災を経験されています。 東日本大地震の後は、仙台にある高校に練習を見にいかれています。「3年後くらいですかね。仙台空港の近くだったんです。 すごい綺麗な家があっても裏に回ると何もない、とか... 区間区切ってるところは津波で流されたところだって聞いて衝撃でした。 被災地にサッカーを教える機会があったら、みんなで行ったりして 元気付けたいという気持ちがあります。僕らはOBで神戸にも行きましたし。 体動かす時だけでも前向きになってもらいたいです。 いろんなメディアがありますから、忘れないのが大事ですよね。 今、防災グッズめっちゃ買ってます。昨日、見直して整理もしました。」最後に、本並さんにとっての”元気の源”を伺うと... 『家族とサッカー』と即答!「どちらが欠けても元気が出ないと思います。 今後の目標は、サッカーの指導者もやっていきたいですし、 家庭では子供ですかね。サッカーはさせません! 危ないですから!やったら怪我しますよ! 奥さんは、やらせればいいって言うんですけど(笑)」2週にわたり、ありがとうございました!M. Message / ナオト・インティライミ

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