JFN Pods

番組一覧 > 「坂崎さんの番組」という番組 > お知らせ > 『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』第149回

『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』第149回

「坂崎さんの番組」という番組
『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』第149回
『ビースティ・ボーイズ(Beastie Boys)』 ★ニューヨーク・ブルックリンで結成されたハードコア・パンクバンドだった 男性3人組の【ザ・ヤング&ザ・ユースレス】が、当時流行し始めた ラップ/ヒップホップとパンクロックを融合させたバンドに変身。 1981年にバンド名を【ビースティ・ボーイズ】と改名。 1984年、最先端のラップ/ヒップホップ・レーベル『デフ・ジャム』と契約。 そして1986年に発表したデビューアルバム『ライセンス・トゥ・イル』は、 パンクとヒップホップという斬新なアイデアが功を奏し、 見事全米アルバムチャート1位を獲得。 売上もアメリカだけで1000万枚以上という驚異的なセールスを記録。 “ヒップホップ・アルバムとしては初めて全米1位となった作品”となっています。 ♪ファイト・フォー・ユア・ライト(Fight For Your Right) *大ヒットアルバム『ライセンス・トゥ・イル』からの1stシングル *1987年に全米シングルチャートでは7位まで上昇。『ピーター・ガブリエル(Peter Gabriel)』 ★1950年2月13日、イギリス・サリー州ウォーキング生まれ(67歳)。 1967年、パブリックスクールの仲間だった「マイク・ラザフォード」や 「トニー・バンクス」などと共にプログレッシブ・ロック・バンド【ジェネシス】を結成。 (フィル・コリンズは1971年の3rdアルバムから参加) 【ジェネシス】のリードボーカリストとして、派手なメイク、 奇抜なファッション、演劇的な要素を取り入れたライヴパフォーマンスで 注目を浴びたピーター・ガブリエルですが、1975年、 4枚目のアルバムを最後に【ジェネシス】を脱退し音楽活動も休止。 そして、1977年ソロ活動をスタート。 フィル・コリンズがリーダーとなって、次第にポップになる【ジェネシス】とは対照的に、 よりプログレッシブに、最新のシンセサイザーをベースに 民俗音楽を独自の解釈で取り入れたソロアルバムを 1977年から1982年までの間に4枚発表。 ♪ショック・ザ・モンキー(Shock The Monkey) *アルバム『ピーターガブリエル IV(Security)』からのシングル。 *リリースされた翌1983年・全米29位まで上昇。 ★アルバム『ピーターガブリエル IV(Security)』発表から4年後の1986年、 これまでとは違うポップな楽曲揃いのアルバム『So』を発表。 ♪スレッジハンマー(Sledgehammer) *アルバム『So』からのシングル曲。 *ユニークなプロモーション・ビデオも話題になり、 かつて在籍していたジェネシスの「インヴィジブル・タッチ」を蹴落とし 1986年・全米1位を獲得。 *アルバム『So』は、本国イギリスのアルバムチャート1位、 全米でも2位を記録。 ♪ドント・ギヴ・アップ(Don't Give Up) with ケイト・ブッシュ *こちらもアルバム『So』からのシングル曲。 *1987年・全米72位。全英では9位まで上昇。 *ちなみに…のちに、ピーター・ガブリエルはインタビューで 「最初この曲はドリー・パートンにデュエットを依頼したが 断られケイト・ブッシュになった。まあ、今ではその方が良かったかなと 思ってる」と語っているそうです。『ピーター・セテラ(Peter Cetera)』 ★1944年9月13日、アメリカ・イリノイ州シカゴ出身(73歳)。 ご存じ【シカゴ】のベース&ボーカリスト。 1967年【シカゴ】の前身のバンド【ザ・ビッグ・シング】に加入。 1969年バンド名を【シカゴ】としてデビュー。 次々にアルバム・シングルと大ヒットを連発。 特に「素直になれなくて」の大ヒットで、 「ブラスロックのシカゴ」から「バラードのシカゴ」へと大変身。 グループとして、一時期 低迷したものの大復活。 1985年「バラードのシカゴ」を牽引していた「ピーター・セテラ」は脱退、 ソロアーティストとして独立を表明。 翌1986年アルバム『ソリテュード~ソリティア(Solitude/Solitaire)』発表。 ♪グローリー・オブ・ラヴ(Glory Of Love) *1986年・全米1位を獲得。 *映画『ベスト・キッド2(The Karate Kid part 2)』の主題歌。 ♪ネクスト・タイム(The Next Time I Fall) with エイミー・グラント *同じくアルバム『ソリテュード~ソリティア』からのシングル曲。 *1986年・全米1位を獲得。 ★映画『ベスト・キッド2(The Karate Kid part 2)』の主題歌が大ヒットしたことで ピーター・セテラの元には次々と映画界からの依頼があったそうです。 そんな中から1987年、日本からも依頼が舞い込み、主題歌を担当しています。 ♪ステイ・ウィズ・ミー(Stay With Me) *映画『竹取物語』の主題歌。 *曲を作ったのはボビー・コールドウェル。:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+: 次の更新はネット局すべてのOA終了後 10月30日(月)21時以降となります。 :+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:+:

最新のお知らせ

ポッドキャスト配信中