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『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』第131回

「坂崎さんの番組」という番組
『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』第131回
↑↑ ギブソン J-200 ギターの中ではお尻が一番おっきいです。今回のSYDFは「ヌ」に突入! そしてアッという間に「ネ」に行きます!『ヌーノ・ベッテンコート(Nuno Bettencourt)』 ★1991年に全米1位を記録した「More Than Words」でお馴染、 「エクストリーム(EXTREME)」のスーパーギタリストが 「ヌーノ・ベッテンコート」。 1966年9月20日、ポルトガルのアゾレス諸島で 10人兄弟の末っ子として誕生。 4歳の時に家族でアメリカ・マサチューセッツ州ハドソンに移住。 10歳の頃からギター、ピアノ、ベース、ドラムなどを始め天才ぶりを発揮。 そしてジャネット・ジャクソンをはじめ、セッションギタリストとして大活躍。 1985年「エクストリーム」に参加、約10年間に渡って活動し、 1996年バンドを脱退。 翌年(1997年)初のソロアルバム『スキゾフォニック(Schizophonic)』をリリース。 ♪グラヴィティ(Gravity) *ギターはもちろん、ベース・ドラム・キーボード・ボーカルを ほとんど1人で演奏。『ネイキッド・アイズ(Naked Eyes)』 ★1981年、イギリス・サマセットのバースで結成された 「ピート・バーン」と「ロブ・フィッシャー」からなる男性デュオ。 1983年、当時のニューウェイヴ・ブームに乗ってアルバム 『バーニング・ブリッジズ』でデビュー。 その中からシングルヒットしたのが、バート・バカラックの名作のカヴァー。 ♪僕はこんなに(Always Something There To Remind Me) *1983年・全米シングルチャートでは8位を記録。 ♪プロミセス・プロミセス(Promises,Promises) *1983年・全米11位まで上昇 *バカラック作品に同名曲がありますが、 こちらは彼らのオリジナル曲。『ネーナ(Nena)』 ★ドイツ生まれの「ガブリエレ・ネーナ・ケルナー」を中心に 1982年に結成された5人組のロックバンド。 彼らの名前が世界中に轟いたのは1983年、 2枚目のシングルとしてリリースされた曲。 ♪ロックバルーンは99(99 Luftballons) *1983年、本国ドイツ、全英ほか、ヨーロッパ各国でNo.1。 翌84年、全米で2位まで上昇。 *日本でも大ヒットし日本公演も行ないましたが、 その時「ロックバルーンは99」を4回も歌ったそうです。『ネリー(Nelly)』 ★1974年11月2日、アメリカ・テキサス州オースティン出身のラッパー。 高校時代、ヒップホップの洗礼を受け「歌うようにラップする」 という独特のスタイルで1999年にデビュー。 次々にヒットを放ちデビューアルバム『カントリー・グラマー』は 全世界で1000万枚以上のセールスを記録。 そして2002年に発表した2ndアルバム『ネリーヴィル』も大ヒット。 中でもシングルカットされた「ジレンマ」は、 この年最大のヒットシングルとなっています。 ♪ジレンマ(Dilemma) feat.ケリー・ローランド *「デスティニーズ・チャイルド」のケリー・ローランドがゲスト参加。 *2002年、10週連続の全米ナンバーワンを記録。『ネルソン(Nelson)』 ★往年の洋楽ファンにはおなじみ、テレビや映画でも大活躍した 「リッキー・ネルソン」の双子の息子「ガナー」と「マシュー」による 兄弟デュオ。 1967年9月20日、カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ(現在49歳) 1985年、偉大なる父親リッキー・ネルソンが飛行機事故で この世を去ったことをキッカケに2人は メジャーデビューへの本格的な音楽活動をスタート。 それから5年後の1990年シングル「ラヴ・アンド・アフェクション」を発表。 当時の流行だった“キャッチーでメロディアスなハードロック” “新人とは思えない抜群の歌唱力と演奏”、 “国民的アイドルだったリッキー・ネルソンの双子の息子” “ハンサム”・・・と、何拍子も揃った『ネルソン』のデビュー曲は 堂々の全米ナンバーワンとなりました。 ♪ラヴ・アンド・アフェクション(Love And Affection) *この曲を含むデビューアルバム『アフター・ザ・レイン』は 全米だけで300万枚のセールスを記録。 ♪アフター・ザ・レイン(After The Rain) *同じくデビューアルバム『アフター・ザ・レイン』からの シングル曲。 *1991年・全米シングルチャート6位まで上昇。 ★その後「ネルソン」は本来やりたかった ハードでヘヴィ、メッセージ色強いダークな内容の2ndアルバムを制作。 しかしレコード会社からイメージが違い過ぎると作り直しの指示を受け、 1995年、アコースティックでカントリー色の強い2ndアルバム 『Because They Can』をリリース。 残念ながら5年という年月で、レコード業界も変わり、 多くのファンも離れてしまい、ヒットにはつながりませんでした。

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