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『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』第128回

「坂崎さんの番組」という番組
『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』第128回
↑ 待望のOTONA RANDSEL!似合いますでしょうか? でも“大人”だけあって、縦笛とか算盤はさせそうにありません。。。『ニュー・ヴォードヴィル・バンド(The New Vaudeville Band)』 ★1966年、イギリスのソングライターで、 プロデューサーのジェフ・スティーヴンスが スタジオミュージシャン達と作ったグループ。 ジェフ・スティーヴンスが作った1920年~30年代の 英国・ミュージックホールスタイルの曲がいきなり大ヒット! TVやラジオ、雑誌の取材、ライヴのため急遽 スタジオミュージシャンを集め「ニュー・ヴォードヴィル・バンド」 という名前の架空グループを立ち上げました。 この話題となった曲は本国・全英チャート4位、 全米チャートでは3週連続のナンバーワンを獲得。 ♪ウィンチェスターの鐘(Winchester Cathedral) *1966年・全1位。 *この曲は「最優秀ロックンロールレコード」を受賞 ★このグループの設立メンバー、ジェフ・スティーヴンスは、 ソングライターとして、 フライング・マシーンの「笑って!ローズマリーちゃん」や キャロル・ダグラスの「恋の診断書」等のヒット曲を作っています。『ニュー・シューズ(Nu Shooz)』 ★1979年、アメリカ・オレゴン州ポートランドで結成された 「ジョン・スミス&ヴァレリー・デイ夫婦」が中心になって結成した ダンスポップユニット。 最初は12人という大所帯でスタートし、その後7人組へ。 1982年レコードデビュー。1986年に発表した2ndアルバム 『プールサイド』からの1stシングルが地元ポートランドの ラジオステーションでヘヴィローテーションされ 全米で大ヒットを記録。 ♪アイ・キャント・ウエイト(I CanT Wait) *1986年・全米3位。『ニルヴァーナ(Nirvana)』 ★1987年、アメリカ・ワシントン州アバディーンで カート・コバーンを中心に結成された3人組。 1980年代後半に注目されたグランジシーンで「ニルヴァーナ」は 注目バンドとして1989年インディーズデビュー。 翌1990年、ゲフィンレコードが契約。 1991年リリースのアルバム『ネヴァーマインド(NEVERMIND) 』は 全米アルバムチャートで見事1位。 ♪スメルズ・ライク・ティーン・スピリット(Smells Like Teen Spirit) *アルバム『NEVERMIND』からのシングル。 *1991年・年末にチャートイン。翌1992年・全米6位まで上昇。 *『NEVERMIND』は全世界で4000万枚以上のセールスを記録。『ニール・セダカ(Neil Sedaka)』 ★1939年3月13日、ニューヨーク州ブルックリン生まれ、 ポピュラー音楽界を代表するシンガーソングライター。 子供の頃からピアノをはじめ、高校時代には友達と 「トーケンズ」を結成。 但し、ニールは「ライオンは寝ている」がヒットする前に脱退、 プロの音楽家の登竜門ともいうべきジュリアード音楽院へ進学。 最初はソングライターとしてスタート、 1958年、当時大人気の女性アイドル:コニー・フランシスに 提供した「間抜けなキューピッド(Stupid Cupid)」が全米14位まで上昇、 ヒットしたことで注目を集め、 RCAビクターとシンガーソングライターとして契約。 そしてデビュー曲「恋の日記(the Diary)」が全米14位を記録する大ヒット。 その後、次々にシングルヒットを飛ばし ポール・アンカと並ぶ男性トップアイドルとなります。 ♪おお!キャロル(Oh! Carol) *1959年・全米9位を記録 *ガールフレンドだったキャロル・キングに捧げた曲。 ★この「おお!キャロル」のカップリングとして急遽作られたのが 「恋の片道切符(One Way Ticket)」という曲。 この曲は忙しかったニール・セダカにかわって職業作家の ハンク・ハンターとジャック・ケラーの2人が、 当時のヒット曲のタイトルを散りばめて作っています。 日本では「これがB面じゃ、もったいない!」と、レコード会社が 日本独自のシングルとしてリリース。 歌詞の分かりやすさと哀愁に満ちたメロディ& ニール・セダカの独特のボーカルで大ヒットを記録しました。 ♪恋の片道切符(One Way Ticket) *日本では平尾昌晃さんのカバー共々大ヒット! ★この後も、全世界で大ヒットする曲を発表し続けます。 ♪カレンダー・ガール(Calendar Girl) *1961年・全米4位まで上昇。 ♪悲しき慕情(Breaking Up Is Hard To Do) *1962年・初の全米1位。 *1975年にアレンジを変えセルフカバーしたバージョンも大ヒット。 ♪雨に微笑みを(Laughter In The Rain) *翌1975年・全米1位。「悲しき慕情」に続く2曲目の全米ナンバーワン。

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