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Vol.162 粟島「漂流郵便局と中田勝久局長」

香川しまびより

三豊市 粟島にある「漂流郵便局」

届け先のない手紙が流れつく郵便局・・・漂流郵便局。
開局するのは、毎週土曜日の午後 1時から 4時までの間。全国から流れ着いた葉書きや手紙を読みに来る人たちが後を絶ちません。

「神奈川県から来ました。 1週間ほど旅行を続けてるんですけども、あの直島が大好きで。直島を巡って、あと四国村であったりとか、あとうどん食べたりとか色々観光して最後に取っておいた場所として旅の最後に来ようかなと思って来たところです。亡くなってしまった方であったりとか、自分の完了してない未完了の気持ちを手紙にして出すっていうのを以前映画か何かの作品で見たことがあって、そういうところってあったりするのかなっていう風に調べた時に実際にここでやられているっていうのを見かけて、これは行こうっていう風にはいなりました。」

漂流郵便局の受付カウンターに座るのは、中田達夫さんです。

「この漂流郵便局というもの自身は、届け先のない思いをしたためたは書手紙を受け取り、展示している建物になるんですけども、そもそもが 2013年の瀬戸内国際芸術祭の第二回大会、この島としては、第 1回目の参加の 13作品の中の 1作品でございました。その漂流郵便局は、 その時の第二回の秋会期 1ヶ月で本当は終わるべき芸術作品だったんですけど、葉書きや手紙が届き続けるものですから・・・、その期間の局長を任命されておりました私の父中田勝久がこれは続けるべきじゃないかということで作家の久保田さんと相談をし、個人の運営という形に切り替えて、現在に至るという形になっております。」「その父がね、 12年間ここを守り続けてきたんですが、去年の秋 11月に亡くなってしまいましたものですから、その少し前入院した 8月から看病をしながら、その間は代理で私がなんとなく自然の流れで変わりを務めておったんですけども、そのまんまやるという形に今なっているということですね。」

漂流郵便局局長として知られた中田勝久さんは91歳 で亡くなられました。

「79歳の時にここの漂流郵便局というものに出会ったので、それから 12年ですかね。ここの場所自身が本当の郵便局だったんですね。  今から 60年ほど前にここの郵便局が建って 30年ほどですかね。本当の郵便局として運営されてた。それが新しい局を港の方に建てることになりまして役目を終えてたものが、芸術祭のアーティストさんに貸し出す建物の候補としてエントリーしてたという形です。      それまで何の手入れもしていない空き家になってたんですが、ここを考えた久保田沙耶さんがこの島に来られて、いろいろ悩まれた中で 粟島にしようと思ったのは、島に着いた時に漂流物が多いなって思われて、この郵便局は跡地を見た時にあ、自分も漂流してきたみたいだと思ったっていうところから<届ける先のない思いをしたためたものをこう受け取る郵便>というものと<漂流>というものが駆け合わされて、コンセプトを思いついたと聞いております。この受付の外に並んでるものは、この島に流れついてきたまさに漂流物です。この漂流物を見て久保田さんが漂流郵便局を発想されたという原点として飾っています。」

「真ん中にありますオブジェは私書箱で一缶に 200枚入るようになってまして、 100個で 20,000枚というものが入る設定にはなっています。ただ、そこまで入れてませんので、半分ぐらいとしても 100枚ぐらいの葉書が今宙に浮いているという形になります。
今はもう入りきらないので、その隣ににあります棚の中にも並んでいるという形です。
2013年の芸術祭の開催期間中が 400通少しだったんですけど、その後この 12年半… 68,000通を超えるという形に今なっています。     毎日来る手紙の数を手書きでカウントしておりますので、間違いなくもうじき 6万9,000通という形になろうかなと思いますね。
1日に平均が 15通。マスコミに取り上げられた時ですとか、芸術祭の後あたりは少し手紙は増えるんですけども、それでもやはり平均は 15通ぐらいになりますし、私が毎日こう整理をしている実感としても 15通前後毎日書かれる方が 4名いらっしゃって、毎日ではないけども、常連さんというのがまた 4~ 5名っていう形ですかね。…やはり、亡くなった方や当てたっていうものが多いというのは事実です。    もちろんその過去の自分へとか未来の自分へとか。あとは好きだった人へだとか。
中には、告白するぞっていう宣言みたいなことを書かれる方もいらっしゃったり。先日いらっしゃった海外の方で彼女にラブレターをこに当てて書かれて、その彼女の誕生日にここに彼女を連れてこられた。非常にロマンチックなパターンもございましたので、決して悲しい内容ばっかりではないです。ただやはり亡くなった方へというあてが多いのは事実ですね。」

「父はこの島の発展のためにということで、定年してからいろんなボランティアに携わっておりました。漂流郵便局一番最初の時は 私もお客さんとして見に来たという形はありましたけど、まさかそれが 12年も続くというふうには思ってなかったし、父の後を受けてここの管理と言いますかね。まあ見届けるというふうには思ってませんでした。」

「父・勝久は郵便局に合計 45年勤めていたと思います。 18歳の頃から 63歳までそのうち最後の 17年が局長をやっておりまして、そのうち 10年間がここで局長をやったっていう風に聞いています。(こちらは)本当の郵便局ではないですけども…まさかですね、また局長という立場をやるとは思わなかったって…思っていると思います。人生郵便局に囲まれたような人生だったんじゃないかなと思っています。」


中田達夫さんは結びに

「息子からすると、実の父親がマスコミにいろいろ出ていくっていうのは不思議な感じで。ただ、父はそういうことも大好きでしたし、何よりやっぱりこの島が大好きでしたので、少しでも貢献できるってことと、手紙やはがきを受け取ることによって、その方々の悲しみは消えることはないですよけれども、少し軽くなったり、止まったように感じてた時が動いたりっていうようなお便りもいただいたりするものですから、そういうことに貢献できていることは非常に嬉しかったんじゃないかなと思っています。」

漂流郵便局は毎週土曜日13時~16時に開局しています。
2026年5月の大型連休は6日まで特別開局します。

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