Vol.163 丸亀市・手島 島に残る伝統行事「お大師まいり」

全国各地にある四国八十八か所霊場を模した「写し霊場」
丸亀市の手島では、四国八十八か所霊場と同じように1番〜88番の札所が右回りで島を一周するように置かれており、その開設時期は、江戸時代末頃と言われています。
これらの札所をめぐり、参拝者に接待することを手島では「お大師まいり」と呼び、春4月21日と夏8月21日の年2回行われていましたが、2年前からは春のみの開催になりました。
今回のしまびよりは、4/21に行われた「手島お大師まいり」。
島の若手メンバーと共に、札所巡りをしてきました。

島をぐるりと囲むように札所が設けられていましたが、海岸線にある石仏の中には台風などの自然災害で海に流れてしまったものもあり、現在は集落内にある10ヶ所ほどの札所を巡るように。

各地区にある札所を近くにお住まいの方が持ち回りで管理しています。
現在、手島に住んでいるのは15人ほど。管理できる札所も限られるようになっています。



手島お大師まいりの札所の多くには、四国八十八か所霊場の本尊を刻んだ石仏と弘法大師像の2体が置かれています。
その石仏を雨風から保護する立派な「覆屋(おおいや)」。昔の人々が、お大師さんを大事にされていたことが感じられます。
これまで何度も取材で訪れていた手島ですが、今回初めて通る道もありました。
「この通りは昔、銀座通りと言われていて商店や宿もあったそう。私の実家もこの通りでお店をしていました。」と自治会長を務める吉田文二さん。
賑やかだった頃を思い浮かべながら歩く街並みは、とても新鮮に映りました。

今回、一緒にお大師まいりをしたメンバーと。
美術大学生時代「HOTサンダルプロジェクト(全国各地の美術大学の学生が丸亀市内の島々に滞在し、作品の制作を行うアーティスト イン レジデンス プロジェクト)」に参加し、夏のお大師まいりに参加された経験がある高橋さんは、「当時(2012年)はまだ30〜40人の方が住んでいて、どこのお大師さんに行っても誰かが居て、お接待をしてくれていました。今、こうやって自分がお大師さんを管理する側になり、当時の島の人々の気持ちがわかるようになった感じがします。年に1回でも、島のことを想う。できれば、このような文化は残していきたいと思っています。」
☆手島へのアクセス情報☆
丸亀港から備讃フェリーのフェリーもしくは旅客船にて。
時刻表など詳しくは 備讃フェリーのホームページ をご覧ください。
丸亀市では毎月20日を「航路運賃無料デー」とし、旅客運賃が無料となっています。
広島・本島の各港には、地元に縁のあるお土産が販売されています。
詳細は まるがめ せとうち 島旅ノート をご覧ください。